或る障碍者の45年の足跡 3/3

社会参加:一般企業への就職

◆車いす初受け入れの会社に一般社員として就職

・大学研究室教授のお力添えで、神奈川県〇〇市にある創立1949年(昭和24年、77年(喜寿)) の民間企業に、一般社員として正規雇用枠で就職

◆パソコンを活用したシステム/ソフトウェア開発に従事

・パソコン本格普及年(1985)に合致して活躍の場を得る

Microsoft Excelの登場や日本語入力システムの搭載もこの頃で、教わる先輩がごく僅かで、会社・自宅を問わず自習して知識・技術を身に付けていった。

◆国内外の顧客先へ出張業務


・会社の所属部署は、自動車/エアコン家電メーカーが主要顧客で、生産工場で使用される検査・計測機器設備の開発・設計・製造・設置・導入までを一貫して請け負う事業部。

・国内外の出張業務での営業活動/設備設設置/立上げも担当。

延べの出張回数は、海外:27回(韓国・マレーシア・タイ・ベトナム・中国)、国内:多数(北:秋田~南:熊本) 。

・海外出張時は、現地交通機関・タクシーの車椅子対応状況を考慮し、手動車椅子を使用。

・出張時の介護は同僚や現地で訪問介護士を探してもらい対応していた。

・国際障害者年の基本理念「完全参加と平等」の目標である社会連帯と自立: 障害者自身も可能な限り社会的・経済的自立へ努力すること、また、国民は、社会連帯の理念に基づき、これを援助する責務を有することに対して、会社同僚・顧客先・家族の多大なるご支援を賜ったおかげで、職務を全うすることができたと自負している。

・私の後に車いす生活者が何人か入社したが、体力・体調管理がうまくいかず、長続きできなかったのは残念。

◆仕事の上では障碍は無関係、顧客の満足度のみ

●給料を顧客から頂いている世界では、障害による業務の甘え・言い訳が入り込む余地はなく、顧客もごく自然に接してくれた。

社会参加: 家庭 そして今

◆ 海外出張時に知り合った女性と国際結婚 子供を授かる

・出張先で訪問介護に来てくれた女性と意気投合し、半年の交際を経て45歳で結婚、2児の父親に。

結婚を機に、両親と別居し、住宅も快適な車椅子生活を過ごせるように新築

◆ 子供の成人を機に結婚21年目に離婚 一人暮らしを開始

・婚姻生活当時は、妻がひとりで、家事・私の介護・子育てを担っていたため、心労も溜まり、心が離ればなれに。結婚10年目から、訪問介護を徐々に依頼していき、妻に依存しない生活を構築していき、離婚。

◆ 家族だけでの介護は、ストレスの塊

・障害は年中無休で、介護するのが伴侶だけでは、気を休める時がない

そして今・・・・

◆趣味:芸術鑑賞・スポーツ観戦・旅行・飲食

◆好奇心を失わずにどこへでも・・

・老人ホームに入居中の親を気遣いながら、無職・年金暮しで、趣味に講じた生活を送っている

・気持ちだけはいつまでも若々しく、電動車椅子で行けるところはどこへでも出向いている。

・日常生活では、動ける身体を維持できるように、自主トレも欠かさないように心掛けている。

作業療法士をめざす若い方々へ

・障害者にとって作業療法士(OT)は、単なる身体機能の回復だけでなく、「その人らしい生活」や「社会参加」を実現するためのパートナーです。

できない動作を補う工夫や、心身のケアを通じて、日々の「したい」を「できる」に変える役割を果たします。

◆ 日用品を使った収尿器の工夫

・作業療法士が考案した、洗濯ばさみを使って、尿破棄のチューブ開閉を可能にした事例を、収尿器の現物を披露しながら解説

◆ ユニバーサル商品の恩恵

●スマートスピーカーのようなAI音声アシスタント商品が開発されたことにより、家電製品の操作ができるようになり、誰でも低コストで快適生活環境作りができるようになってきた。

*タイトルイラスト AI生成(構成・ディレクション Michiko.T)

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